横浜中華街「順海閣本館」閉店理由の真相と崎陽軒シウマイ誕生秘話
日本屈指の美食街である横浜中華街において、昭和から平成の長きにわたり大通りの中核を担ってきた広東料理の老舗「順海閣本館」。横浜名物として全国に知られる「崎陽軒のシウマイ」のレシピを開発した伝説の点心師が創業した名店として、多くの美食家や政財界人、地元ファンに愛され続けてきました。
しかし、中華街大通りの象徴的ランドマークであった本館の扉が閉じられ、現在その姿を見ることができません。「順海閣本館は一体なぜ姿を消したのか」「あの元祖シウマイの味はもう食べられないのか」「新館との違いや跡地の現況はどうなっているのか」といった疑問や惜しむ声が絶えません。現地の最新動向と歴史的証言をもとに、名店が辿った軌跡と現在地を余すところなくレポートします。
📌 【この記事の重要ポイントまとめ】
- 要点1:順海閣本館の閉店は、建物の老朽化とコロナ禍に伴う団体宴会需要の構造変化、および店舗運営の集約が主因である。
- 要点2:創業者の呉錦鴻氏は「崎陽軒シウマイ」のレシピを考案した生みの親であり、順海閣は干し貝柱を使った横浜シウマイの原点。
- 要点3:本館は閉館したものの、伝統の味は「順海閣 新館」へと継承され、元祖シウマイや名物叉焼は現在も堪能できる。
【歴史と功績】崎陽軒シウマイの生みの親「呉錦鴻」と順海閣の伝説

横浜中華街における広東料理の老舗として1945年(昭和20年)前後に創業した順海閣の歴史を語る上で、外すことができない人物が創業者の呉錦鴻(ご・きんこう)氏です。呉氏は中国・広東省出身の卓越した点心師であり、横浜の食文化史に計り知れない足跡を残しました。
昭和初期、横浜駅の駅弁業者であった崎陽軒の初代社長・野並茂吉氏は、「横浜ならではの名物を作りたい」「汽車の中で冷めても美味しく食べられる料理はないか」と模索していました。そこで白羽の矢が立ったのが、当時中華街で屈指の腕前を誇っていた点心マイスターの呉錦鴻氏でした。野並氏の熱烈な依頼を受けた呉氏は、広東料理の点心技法をベースに、試行錯誤の末に画期的なアイデアを生み出します。それが「豚肉に干し帆立貝柱を練り込む」という秘策でした。
干し貝柱の濃厚なアミノ酸と旨味は、冷めても肉の臭みを抑え、豊かな風味を保ち続けます。こうして1928年(昭和3年)に誕生したのが、日本中に名を轟かせる「崎陽軒のシウマイ」です。呉錦鴻氏が開発したこの基本レシピは、今なお日本のシウマイ文化の黄金律として受け継がれています。自店である順海閣で提供されたシウマイは、崎陽軒の小ぶりな一口サイズとは異なり、具材がぎっしり詰まった大ぶりでジューシーな「元祖の味わい」として、中華街を訪れる人々を唸らせてきました。

【真相究明】順海閣本館はなぜ姿を消したのか?閉店理由と跡地の現在

横浜中華街大通りで圧倒的な存在感を放っていた順海閣本館ですが、なぜその歴史に幕を下ろすことになったのでしょうか。関係者の証言や当時の業界動向を総合すると、単一の要因ではなく複合的な経営環境の激変が背景にありました。
第一の理由は、大型木造・鉄骨建築としての建物の老朽化です。高度経済成長期から多くの宴会客を支えてきた本館は、耐震基準の更新や大規模修繕が必要な時期を迎えていました。第二の理由は、2020年以降に本格化したインバウンド消失と大規模宴会需要の激減です。修学旅行生や企業の大型宴会、観光バスツアーを中心とする大箱(大人数収容型)ビジネスモデルは、行動制限期間中に極めて大きな打撃を受けました。
こうした状況下で、順海閣は経営資源の分散を避け、旗艦店としての機能を徒歩数分の場所にある「順海閣 新館」へ集約する決断を下しました。大通り沿いにあった順海閣本館の跡地は、その後新たなテナントや商業ビルへと移り変わり、中華街の目まぐるしい世代交代を象徴する光景となっています。2026年現在において、本館としての単独営業再開の予定はなく、すべての伝統とブランドは新館が一本化して背負っています。
【データ比較】「順海閣本館」と「新館」の違いと受け継がれる名物メニュー

かつての本館と、現在営業を続ける新館にはどのような違いがあるのでしょうか。店舗規模や利用シーン、看板メニューの提供形態を客観データで比較・整理しました。
| 項目 | かつての順海閣 本館 | 現在の順海閣 新館 | 編集部の見解・評価 |
|---|---|---|---|
| 立地・ロケーション | 中華街大通り沿い(一等地) | 広東道・香港路エリア近隣 | 新館は路地裏の落ち着いた隠れ家的な風情 |
| 収容規模・客層 | 数百名規模の大宴会場・団体向け | 中・小規模フロア(個室・テーブル) | 個人客やファミリー層がじっくり味わえる空間 |
| 元祖シウマイの提供 | 看板メニューとして全席提供 | 伝統レシピを完全継承して提供 | 肉厚で貝柱のコクが活きた創業の味をそのまま維持 |
| 自家製叉焼(チャーシュー) | 専用炉で焼き上げる名物料理 | 伝統のタレと直火焼き製法を継続 | 食紅の紅い縁取りと蜂蜜の照りが香る本物の広東叉焼 |
| 客単価(ディナー目安) | 約5,000円〜15,000円(会席中心) | 約3,000円〜8,000円(アラカルト可) | 新館になり、より日常使いや単品利用がしやすい |
現在新館で提供されている「自家製叉焼」は、本場広東の伝統に則り、専用の焼き窯でじっくりと吊るし焼きにされた逸品です。余分な脂を落としながら肉の旨味を閉じ込め、特製の水飴や香辛料が織りなす奥深い甘辛さは、流行りの煮豚チャーシューとは一線を画す本格派の味わいを堅持しています。

【実態検証】利用者の生の声とネットの反応に見る「名店の評価」
SNSやグルメレビューサイト、地元コミュニティにおける口コミを検証すると、順海閣に対する熱烈な支持と、本館閉館に対する感慨深い声が浮き彫りになります。
「大通りにあった順海閣本館の威風堂々とした看板を見ると『中華街に来た』と実感していたので、閉館を知ったときはひとつの時代が終わった寂しさを感じた」という長年の観光客の声が多く見られます。一方で、「新館に行ってシウマイを食べたら、肉の弾力と貝柱の香りが昔のままで安心した」「崎陽軒のシウマイ弁当も好きだが、順海閣の出来立て大粒シウマイは別格の旨さ」といった、新館における味の再現性に対する極めて高い評価が目立ちます。
また、昨今の中華街で増加している「低価格食べ放題店」や「写真映え特化のスナックスタンド」に食傷気味な大人世代からは、「きちんとした伝統技術を持つ料理人が鍋を振る老舗として、新館の存在は非常に貴重」という声が寄せられており、味の本質を求める客層から盤石の信頼を獲得しています。
【一般に知られていない盲点】ネットの誤解と崎陽軒コラボの真実
ネット上の情報空間には、順海閣と崎陽軒の関係性について一部誤った認識が見受けられます。ここで事実関係を明確に整理しておきましょう。
最も多い誤解が「順海閣は崎陽軒の系列子会社なのか?」という疑問です。結論から言えば、両者は資本関係のない完全な別会社です。あくまで「崎陽軒の創業期に、創業者同士の友情と信頼によって呉錦鴻氏が点心のレシピ開発を無償同然で技術指導した」という歴史的事実に基づいています。呉氏は私利私欲に走らず、「横浜の街がシウマイで活性化するならば」と惜しみなく技術を提供しました。
さらに、「順海閣のシウマイと崎陽軒のシウマイは同じ味なのか」という点についても差異があります。崎陽軒は「冷めても美味しい駅弁サイズ」に特化して豚肉と貝柱の比率、皮の薄さを最適化しています。対して順海閣のシウマイは、「蒸したてのアツアツを一口で頬張ったときのジューシーな肉汁と食べ応え」を最大化する広東点心本来の設計となっています。この思想の違いを知り、両者を食べ比べることこそが横浜グルメの醍醐味と言えます。
【プロの結論】横浜食文化の継承と「おすすめの選び方」
中華街の産業構造は、昭和の「高級会席・宴会」から、平成の「食べ放題」、そして令和の「食べ歩き・ワンハンドフード」へと急速に大衆化・ファストフード化が進みました。この急激な変化の中で、本館のような巨大な伝統店舗を維持することは商業的リスクを伴う時代になっています。
しかし、本物を知る大人の食体験という観点から、順海閣が新館で守り続ける価値には計り知れない重みがあります。利用を検討する際の判断基準は以下の通りです。
【順海閣(新館)へ行くべき人】
・横浜シウマイの「ルーツと真の旨さ」を蒸したてで体感したい人
・食べ放題ではなく、職人が丁寧に仕込んだ本物の広東名菜や自家製叉焼を味わいたい人
・観光地の喧騒を離れ、落ち着いた空間で落ち着いて食事を楽しみたい人
【他の選択肢を検討すべき人】
・とにかく安価に大量の料理を食べ放題で楽しみたい人
・中華街大通りのきらびやかな大型宴会場の雰囲気を最優先したい人

【順海閣本館】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:順海閣本館は2026年現在、別の場所で再オープンしていますか?
A1:大通りにあった「順海閣本館」としての営業再開はありません。順海閣の伝統と味は、近隣で営業している「順海閣 新館」に一本化されて引き継がれています。
Q2:崎陽軒のシウマイは順海閣の味をそのまま真似したものですか?
A2:模倣ではなく共同開発です。順海閣の創業者である呉錦鴻氏が、崎陽軒創業者の依頼を受けて「冷めても美味しいシウマイ」のレシピと干し貝柱の使用法を考案・技術指導したという歴史があります。
Q3:順海閣の元祖シウマイや名物叉焼はテイクアウト(お持ち帰り)できますか?
A3:はい、順海閣 新館の店頭にてテイクアウト用のお土産シウマイや点心、叉焼などが販売されています。自宅で名店の味を再現することが可能です。
まとめ:歴史を知ることで深まる横浜中華街の真の魅力
順海閣本館の閉館は、横浜中華街のひとつの時代の節目を物語る出来事でした。しかし、その根底に流れる「横浜に唯一無二の食文化を根付かせた」という功績と情熱は、今も色あせることはありません。
呉錦鴻氏が生み出した元祖シウマイのレシピは、崎陽軒を通じて国民的ソウルフードへと昇華し、直系の味は「順海閣 新館」の中で大切に守られています。中華街を訪れる際は、ぜひ路地裏の新館に足を運び、日本のシウマイの原点となった一粒を噛み締めてみてください。その一口に詰まった100年近い歴史の深みが、街の景色をより一層味わい深いものへと変えてくれるはずです。 (出典: 順 海 閣 本館(Yahoo!ニュース))